1994年、12月4日。
そのとき俺は大学5年生の冬で、口をカラカラにさせ食い入るようにテレビを観ていた。
あの時代を代表する日本人プロボクサー、薬師寺保栄vs辰吉丈一郎のビッグマッチがあったのだ。

ご存じの方もおられるだろうが、俺もアマチュアながらボクシングをしている時期だったし何より辰吉丈一郎の大ファンだったのだ。まるで少年マンガのキャラクターのようであった。辰吉ガンバレ!
辰吉丈一郎は、幼少のころからボクシングを父に仕込まれた。中学時代の担任教諭の勧めで、中学卒業と同時に片道の電車代だけを持って大阪に渡り、大阪帝拳ジムに入門した。同世代の人間とは思えないだろ?
で、試合は判定で薬師寺が勝った。
ボクシングスタイルも発言も顔も嫌いだった薬師寺だったが、試合後は二人ともカッコいいと思った。
辰吉は、ガードが甘いと酷評されながらも天才的なラッシュとカウンターで1ラウンドから最終ラウンドまで、逃げることなく戦った。
一方の薬師寺も、好きでは無かったがアウトボクシングに徹し、ショートを確実にヒットさせる自分のスタイルを変えなかった。
ボクシングのスタイルは、その本人の「美意識」だろうと思う。男として、単純にかっこええと思えるスタイルでやってゆきたい、かっこ悪い事はしたくないのだ。
良く言えば「美意識」だが、言い方を変えると「不器用だからそのスタイルでしかやれない。」ともいえる。
しかし、その自分のスタイルを信じて貫き通す二人のストイックさに感動したのだ。
「自分はこれでいくで。」ということ。
きょう、内藤大助と亀田興毅の世界戦があった。94年の試合と比べると、メディアも演出も格段に進化している。
でも、やることは同じだ。リングで殴り合うだけ。
そして94年と同じような感動を覚えた。10ラウンド以降は泣いた。
試合としてみると、そのまま判定で亀田だろうと思っていたし実際そうなったのだが、勝敗なんてどうでもよくなってくる瞬間がある。二人とも、自分のスタイルを貫いた。自分の「かっこええ」にシンパシーを感じてくれるファンの為に戦い抜いた。
まったく話が変わる。
きょう、咬合療法研究会東京支部の研修会で朝から上野にいた。
楽しみにしていた研修会だったし師匠もお出ましだから、少しコアな部分を理解し始めていた自分を再確認できるような気がしていたのだ。
研修会の内容はともかくとして、感想は”打ちのめされた”感じだった。
日頃自分では努力をしているつもりであっても、それが頭の中できちんと整理されていないし
諸先輩方の前でプレゼンを出来る状態では全くなかったのだ。
歯科医師という職業に対し、「お前は命張ってるな」とむかし先輩に言われたことがある。
のめり込んで、突き詰めるタイプだからそう言われたんだろう。
しかし最近、毎日の仕事はそこそこ忙しいし、それなりに疲れるし、もっと女の子と遊びたいし、やること一杯なのにでも時間ないし。合気道もギャモンも出来てないし。
そこへ持っての本日の研修会で、歯科に対する努力度がゼンゼン足りていないことを実感。
身体的にちょっとお疲れ気味だった自分に、新たな課題がきりがないほど山盛り見つかって、本当にへこんだ。このまま自分のスタイルを貫くことに不安も覚える。
で、でも今日のボクシングの試合観れてよかった。
好きも嫌いもあるだろうが、自分の道を行くしかない。弱い俺みたいな人間は、妥協するとまずい。
亀田スタイル、内藤スタイル、があるように自分もやるしかない。し、少々のバランスを欠くことにも覚悟を決めたい。
亀田興毅、内藤大助、両者ほんとうにありがとうと言いたい。
今日は俺の38回目の誕生日だった。美女とあま〜い一日は過ごせなかったし、相変わらず文献とスライドの山に埋もれて終わる誕生日になったけど、
本当にいい日だった。