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歯科医療のあり方を考える会をスタートしたのだが...!?!?

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とうとう始まってしまうのか?第2次朝鮮戦争が。
きょう、北朝鮮がはっきりと明確な攻撃を韓国に行った。
軍事的緊張が一気に増している。

戦争はよくない。ってみんなが言う。戦争を避けることに最大限に努力をはらう。
平和が大好き。俺も平和大好き。

では、「平和」の反対言葉って何か?平和の反対は「戦争」ではない。
「平和」は、状態を指す言葉で
「戦争」は、手段を指す言葉。話し合いでどうしても合意が得られない場合、
軍事力を持って、国益を通そうとする外交手段のひとつなのだ。

とは言っても、なんの罪もない民間人が、無差別な砲撃を受けて死んでしまうのは辛い。
しかし、不謹慎だと非難される事を承知で書くと、
この緊張感はどこかで必要なものかもしれない。

菅政権の某大臣が不用意な発言をして、罷免されずに辞職した。
緊張感のレベルがまったく違う。

今日の事件に対し、慎重に対応していくことは当然だが
仙石さんも、「周りの国の対応を見ながら態度を決めていく」なんて
もう、眠たいことを言わないでほしい。

ロシアもナショナリズムを煽る教育を進めているし
中国は、相変わらず火事場泥棒のため放火している。
今回、いきなり砲撃を受けた韓国さえも竹島問題で、国際法を犯し続けている。

国際的な立場、誰が敵で誰が味方か
明らかになれ。僕は決して右翼ではないが

「きっちり君」としては、一つ一つ、きっちり解決して行くことを望む。

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# by jantaguesthouse | 2010-11-24 00:48
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上は、もう10年以上前の写真です。

僕が歯科医師になって初めてのお師匠さんである六人部慶彦先生が
今月発売のQDTで、特集を組まれている。
六人部先生の症例は、10数年前から商業誌にインパクトを与えていたが今回は
「あと30年臨床に立つ君たちへ」
という特集であった。

六人部先生から学んだことはたくさんあるが、
言葉として、鮮明に残っていること。それは、

そやからな〜、「HOW?」じゃなくて「WHY?」やねん!

と言う言葉。

つまりは、方法論あるいはハウツー的な事は
本読んだり、講習会いったらそれなりに解る。

しかし、「なぜ」そうなったか?を考えない限り進歩はない。
「なぜ」を考えるから面白いのだ。
そういうことを、何回も話をして頂いた。

以下、『ニーチェの言葉』より

「自分の"なぜ"を知れば道が見える」

多くの方法論の本を読んでも、
有名な経営者や金持ちのやり方を学んできても、
自分のやり方や方法がわからない。

これは当然のことで、薬ひとつにしても、その人の体質に合わない場合もある。
他人のやり方が自分に合わないのは不思議なことではない。

問題はまず、自分の『なぜ』がちっともわかっていないということにある。

自分がなぜそれをやりたいのか、
なぜそれを望むのか、
なぜそうなりたいのか
なぜその道を行きたいのか、

ということについて深く考えてないし
しっかりつかんでいないからだ。

その自分の『なぜ』さえはっきりつかめていれば、あとはもう簡単だ。

どのようにやるのかなんてすぐにわかってくる。
わざわざ他人の真似をして時間をつぶすこともない。

もう、自分の目で自分の道がはっきりと見えているのだから、
あとは歩いて行けばいいだけになる。

フリードリヒ・ニーチェ
「偶像の黄昏」より
平成22年10月6日(水)
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# by jantaguesthouse | 2010-10-06 07:38
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私が始めてインドに行ったとき、(1993年8月)

1年以上も旅を続けているため、日本の事情を知らない旅人から
「最近日本で変わったことあった?」という質問を受けた。

自民党が与党でなくなり、細川内閣が発足したばかりであったので
「55年体制が崩壊しました。」と答えたことを覚えている。
政治に興味のある人には見えなかったが、自民党総裁イコール日本国首相
でなくなったことで、盛り上がったのを覚えている。

翌年、またしてもインドに行ったとき(1994年8月)

「最近日本で変わったことあった?」という同じ質問を受けた。
はっきりと覚えているのが
「オリックスにイチローって言う若手の選手がいて、むちゃくちゃヒット打つんです。」
といった。
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16年たった今日もイチローは輝いていて
メジャー10年連続200本安打を打った。

16年前のシーズンでは、210本という日本記録を打ち立てた。
「なんじゃい、イチローって!苗字はないの?」
「たぶん鈴木です。」

インドでも盛り上がった。

旅をすると、その時出会った思い出の「人」がいて
思い出の「曲」があって、思い出の「本」がある。
そして思い出?の「ニュース」。

今日、自分としては初登山を無事に終えた。
登山を本気でされている方にとっては、初心者向け登山であっただろうが

高千穂河原から登り、高千穂峰山頂(1570m)~霧島東神社へ下るルートは
本当にキツかった。でも、気分はヨシ。

思い出の「人」、「曲」、「本」とも巡り会え、素敵な旅になった。
そして今日この旅の思い出の「ニュース」とは!?

イチローがやってくれた。
しかし、日本国政府がやってしまった。

尖閣諸島沖で、海上保安庁の巡視船に体当たりするという
過激派テロ行為の中国人容疑者を、処分保留のまま釈放しちゃったのだ。

昨日、知覧の地で「日本の平和のため、未来のため」おもって
散っていった若者達の
直筆の遺書を目の当たりにしていただけに、このニュースの衝撃は大きい。

日本がのんびりやっている間に
人民元の切り上げは拒否され
レアアースは輸出禁止にされ
小沢一郎(中国側のヒト)の元秘書は、捜査段階の供述から一変して
事実を「否認」する方針。

国内では、渋谷区がスニーカーのナイキ社のために宮下公園を占拠。
日本人を追いやった。

一連の行動は、日本人自らを冒涜するものに他ならない。

平成22年9月24日
鹿児島県霧島市にて
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# by jantaguesthouse | 2010-09-24 19:22
平成22年9月22日、鹿児島県知覧より
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この地には、知覧特攻平和会館がある。
宿願であった、特攻観音への御参りも出来て
大変嬉しく思う。

「嬉しい」「楽しい」「悲しい」など、人生の色々な場面で色々な喜怒哀楽、感情がある。

その中でも、この地へ訪れた時に感じた様な、「懐かしい」という感情は、
決して感傷ではなく

忘れる事のない、
遺伝子が記憶している物のアウトプットであると、改めて思う。

デジャブを、多く体験する自分であるが
今もその中にいる。

明日は霧島神宮へ向かう。
明後日は、高千穂峰に登るつもりで居る。
天孫降臨、まさにその場所へ行ってみたいと思う。

その翌日には、東京へ戻るつもりだ。

そして、一日一日を大切に
丁寧に生きてゆきたい。

特攻出撃直前に、澄んだ瞳で笑顔さえ見せた
あの少年達のように。
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# by jantaguesthouse | 2010-09-22 13:51
朝起きて、きょうが終戦記念日であることを思い出した。
さいわい時間に余裕があったので、靖国神社へ参拝しに行くことにした。
九段下の駅から大鳥居に向かう途中で、ふだんの靖国とは雰囲気がまったく違うことに気付いた。
警備がハンパでない。
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まるで、対テロのようだった。右翼の街宣車も、ものすごい数であった。
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噂には聞いていたが、コスプレイヤーの数もすごかった。
コスプレなんて言い方は、失礼に当たるかもしれないが
常識的に考えて、そうなる。
暴走族の集会、もしくは暴力団関係者の総会な様相であった。
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菅直人をはじめとして、閣僚は靖国参拝を見合わせたというが
あの雰囲気の靖国に行くことは、ヘタをすると誤解を招くと思った。

だから、田安門から武道館前を抜けて、竹橋方面に散歩でもしようと歩いていると
政府主催の「全国戦没者追悼式」が行われるというので通行できなかった。

で、内堀通りをぐるっと回って前から行ってみたかった国立近代美術館に行ってきた。
美術館もステキだったし
レストランH2で昼ビールを飲みながら、すこし贅沢なランチをしていると
先ほどの、靖国の喧噪がうそのようであった。
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やっぱり壕は静かだったし、
東御苑のひまわりが綺麗だった。
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菅直人の首相談話と、それに対する李明博のコメント。
どちらも、心の声には聞こえない。

高校野球で黙祷するのも、正午から時間をずらして行われたという。

靖国では、同じ日本人の警察と右翼がにらみ合って

二重橋では、中国人の団体さんが写真を撮っていた。

平成22年8月15日(日)
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# by jantaguesthouse | 2010-08-15 20:25
故筒井昌秀先生のことば。

成長と加齢によって絶えず変化する口腔内に、
ある治療介入のプラスとマイナスを長い時間軸から評価し、
治療サイド、患者サイド双方がどのようにより幸せであり得るのかという
座標軸の中に位置づけてこそ、歯科臨床が生きてこよう。

それは、攻守のバランスがとれ、メリハリの効いた長時間にわたる
患者さんとのお付き合いが我々臨床サイドに求められていると言う事であり、
包括的視点に立脚した原因の把握とその後の柔軟な対応があって初めて、
治療介入がプラスに働くのである。

結論的には、自分自身の人間性と手技をより高める努力こそが
より多くの幸せを患者さんに与えるものであると思っている。

がしかし、それは理解していても、私自身なかなか実践できない。

と、昌秀先生のことばを紹介させて頂いた。

筒井昌秀が、なかなか実践できないことを
われわれ凡人レベルの人間に実践できうるのであろうか?という疑問がわく。

しかし、「できる」or「できない」ではなく、大切なのは

目指すか、目指さないか。

探すか、探さないか。

求めるか、求めることをやめるか。
だと思うようになった。

平成22年7月28日(水)

ネオの会公式ウェブサイト
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# by jantaguesthouse | 2010-07-28 22:02
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3年連続でご報告申し上げます。ご存じ「臨床歯科を語る会」のことです。
今年は30周年記念大会でした。

まず、施設が本当に素晴らしかった。→クロスウェーブ府中。
宿泊者は、無料でトレーニングジムが利用出来る。
わりと高級感のある、マッサージチェアが使い放題。

みんなが地酒を飲みながらワイワイ騒いでいるあいだ、
僕は筋トレをしていた。ストイックに。
...ってか、臨床歯科について語っていないではないか!!
いやいや、自分の内面と向き合って充分に語り合っていたのだよ。

なんのこっちゃ。

スクリーンがとっても大きくて素晴らしかった。
演者の先生方が、最高のメンツだった。
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長野県の北川原先生が、昌秀先生の写真と言葉をスライドにして
ご発表されていた。
なんだか、とっても嬉しかった。
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さあ、今年も夏が来ます。
この流れで今月末の筒井塾総会へいざ神戸へ!

ホームページも、少しずつ改良していきます。
neonokai.com
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# by jantaguesthouse | 2010-07-14 11:08
NEONOKAI、公式のホームページが出来ました。
現在は英語版のみですが、せひご覧下さい。↓

www.neonokai.com
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臨床歯科を語る会の報告は後日します。
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# by jantaguesthouse | 2010-07-09 22:26
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上の写真は、ミレーという山岳メーカーのリュックサックで
20年、使っています。新品の時は、ボディーがもっと鮮やかなグリーンでした。

僕が初めての一人旅に出たのが20年前。
長く使えるようにと、当時の僕にとっては少し高価な買い物をしました。

アメリカへの40日の旅。
ホテル・カリフォルニアを訪ねるという目的は、実はサブで
メインはなんと言っても、グランドキャニオンをナマで見てみたい!

中学の時、地理の教科書に載っていたグランドキャニオン。その夢の地へ!
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圧倒されました。

アメリカの後、メキシコ、タイ、韓国、マレーシア、インド(2回)、ネパール、
イタリア、スペイン、マルタ共和国、ニューカレドニア、そして第2の故郷、オランダ。

僕の背中には、いつもミレーがありました。

長野県での合気道国際研修会に参加する時も、ミレー。
琉球の神の国、久高島も、ミレー。
先日のGW、房総半島への旅行もミレー。
医局旅行も、ミレー。

今日僕は、神奈川県南足柄市というところにある「夕日の滝」にて
滝行を行ってきました。

滝の高さは、23メートルです。

滝行を行なう時の服装は、「空手着を無料でお貸しします。」
とホームページに書いてあったので、マイ合気道着を持参しました。

乾燥した道着も、それなりに重いのですが
汗や水を吸った道着は、ずっしり来ます。

そんなグショグショの道着の、「重さ」をまったく感じさせず、
むしろ、出発時よりも足取りを軽くしてくれる

僕のミレーは、最高です。
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平成22年6月13日(日)
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# by jantaguesthouse | 2010-06-13 20:34
今からおよそ2560年前、当時の中国でのこと。

陳蔡之厄(ちんさいのやく)という事件が当時の中国でおこりました。

いまで言うところの、国家紛争です。(簡単に言うと戦争。)

そのあおりを食らった孔子一行は、身動きがとれず、食物も尽きて七日間飲まず食わずの
状況に陥りました。飢餓で立つことも出来なかったといいます。

絶体絶命です。集団は『死』を意識したに違いありません。

そんな危機的な状況に陥っても、いつもと変わらな風で、打開の道を探しているとも見えない
ノホホンとした孔子に対して、弟子の子路(孔子の一番弟子)が、質問しました。

加地伸行先生訳の「論語」には、子路は孔子に食ってかかった。と書いてあります。
当然でしょう。いくら何でもひどすぎる。
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 「君子でも窮することがあるのですか?」

君子とは、ここでは『完成された人間』と思ってください。

完璧に完成された人間(君子)でも、この絶体絶命の状況においては追い詰められるのですか?
と聞いた。

すると、孔子は

『君子もとより窮(きゅう)す、小人窮すればここに濫(みだ)る』

と答えました。

『君子といえども窮することはある。
君子であればこそ窮する場合さえある。』

『だが君子は、窮しても平静な自分を守る。
小人(未熟な人間)は窮すれば自暴自棄となってしまう。』

『君子と小人に差があるとすれば、ただこれだけだ。』

おそらく孔子は質問した子路だけではなく、周囲にいる多くの弟子達に向かって
この言葉を発したのだと思われます。

お前達は君子たろうとして私の元に集まってきたのだろう?

危機に臨んでも動じない孔子の姿をあらためて認め、弟子達の動揺は収まった。
そして師弟が団結してこの危機を乗り越えてゆきます。

平穏な時には君子も小人も同じように見えますが、危機に直面したとき、
その違いが現れる。

そんな論語の一場面を思い出したので、今回投稿しました。
僕の解釈をすこし。

君子、もとより窮す。
これを『君子でも窮する場合がある。』
と、ほぼすべての訳本には書いてあります。

しかし孔子は、顔にも態度にも出すことはなかったけれども
君子であるからこそ、いっつも窮しておられたのではないかと僕は解釈しています。

7日間、飢餓状態にあった状況においても、
弟子達と楽しく談笑される時でも、僕はいつも孔子は

最善の道を探しておられた、窮しておられたと考えています。
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# by jantaguesthouse | 2010-06-10 08:58
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本当に心から、お詫びを申し上げたいと思う。
誰にか?

ジェームズ・キャメロン監督にである。

アバターのレビューをネットで見てみると...

『結局白人至上主義、金儲け主義は間違いと言いたかった映画なの?
要はインディアンと騎兵隊の戦いを脚色しただけで特撮を観てくださいって映画ですね。』

と言うような内容のレビューが、ま、1件や2件では無かった。
で、ふうん、ま、その程度の映画でしょ。

と俺も思っていた。それに対してお詫びを申し上げたいのだ。

つまり、とても素晴らしい映画であったと
責任を持って、ここに宣言する。

観ていない人に大まかな説明をすると、
地球人が、ある惑星の鉱物資源をゲットするために
現住民族を植民地化(奴隷化)しようとするが、現住民族は抵抗し、
そればかりでなく、文化もそれなりに素晴らしいぞと
そういう映画であったかと思う。(ザックリ言った。)

原住民からすると、地球人はエイリアンであって
地球人からすると、原住民は未開人であった。

地球人である主人公は言った。
「人間はいつも同じだ!
目的の邪魔になるヤツは敵と見なし、力ずくで奪う。」
ん?
このセリフの、『人間は』を『アメリカは』
に置き換えてみると、ちょっとしたカミングアウトだ。

映画の中で、青い肌をしている原住民のことを、「ブルーモンキー」と呼んでいた。
ブルーモンキー??なんか思い出した。

ああ、確かあいつらは、我々のことを
「イエローモンキー」と呼んでいたな。

映画の中で、「ゴキブリは焼き殺す。」と、原住民のことを害虫呼ばわりしていた。

映画の中で、地球人が原住民を攻めるとき、ガス弾で攻撃している時おもった。

そんなまどろっこしいことせず、大量殺戮兵器でドカンといったらんかい!

そう、ヒロシマ・ナガサキのようにな!!!

ジェイムズキャメロン、このような素晴らしい映画を撮ってくれて本当にありがとう。
感動しました。

しかし

君の国籍が”USA”であったことは
俺にも、救いようがないわ。本当にごめんな。(^o^)
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# by jantaguesthouse | 2010-05-17 21:38
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僕が高校3年生、18の時。お正月もあけて1月7日。
大学へ進学しようか、それとも放浪の旅に出るか?ほんの少し迷っていた
ちょうどそのとき。

NHK教育テレビ以外は、ずっと皇居を映していた。

俺は友達の家で、映画「ダイ・ハード」についてや
ロックの歴史について夢中で話していた。

その日、裕仁天皇は崩御された。

上の写真は、マッカーサーと昭和天皇を写した写真。
初めて見たのは、小学校の社会科教科書だった。

小学校の先生から、「この写真で日本人は、敗戦を思い知った。」
「堂々たるマッカーサーに比べて、この天皇の臆病そうな顔は印象的やね〜!」
と、聞かされ「なるほど〜っ」とは思わなかった。

『むっちゃヒダリの日教組カエレ!』って言ったら、先生が青ざめた。
おれって、小学生の時からオチャメで有名だった。

「あの日はいつまでも忘れません。」
で、始まる有名なインタビューがあるので、ぜひご覧頂きたい。
マッカーサー元帥のもと通訳官、ハワーズ氏のインタビューである。
You Tube動画(1:08)



最近、小林よしのりの『昭和天皇論』を読んで、よしりんの最高傑作じゃないかと
思って、この投稿をしています。

一番上の、例の写真を見て
確かに、当時の日本人に決定的な屈辱感を与えた写真だとは、本当に思う。

しかし当時、同じ写真を見て、まったく違う感想を持った人達がいたという。

栃木の奥日光に疎開されていた皇太子(今上天皇)とその御学友たちは、
その写真を見て口々に叫んだという。

「日本が勝った!」
「マッカーサーは、ネクタイもしないで礼儀を知らない。」
「成り上がりの田舎っぺ!」
「やはりアメリカはあの程度か!」
「日本は礼節の国であるぞ!」

マッカーサーは、裕仁天皇の人格を目の当たりにして
感動したと言うが、じつは「圧倒」されたのだと思う。

会見が終わって、堂々と去っていこうとする昭和天皇に
「すんません、人間としてのウツワが違いすぎました。」
という、M元帥の声が聞こえてくるかのようである。

平成22年5月16日(日)
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# by jantaguesthouse | 2010-05-16 19:06
今日(平成22年5月13日)の事を言う。

しかし今日は歯科臨床のことを述べないし、基地問題についても書かない。
もちろん、いまの日米安保のことについては話したくもない。

結論から言う。

時代は、リコとネコであると。

何の事かわからない人が多いと思うので、もう少し解りやすく言いたいと思う。
まず「リコ」から。

先週、映画を観に行った。「武士道シックスティーン」という映画。
映画の説明はしない。
とにかく、すごく感動した。嗚咽をあげて号泣した。

その主演の女の子が、成海璃子という女優で
むっちゃかわいいから、「書道ガールズ」も観に行こうと思っている。

それが「リコ」。↓
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次に「ネコ」。

正直言うと、5月3日からネコを飼っている。
かわいくてしょうがない。

だから「ネコ」。↓
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猫を飼うにあたって、ペットショップに赴き
アメショー(アメリカンショートヘア)とか
スコショー(スコティッシュショートヘア)も考えた。

しかし、結局うちに来てくれたのは
NPO法人”ライフボート”
http://www.lifeboatjapan.org/

保健所に処分依頼された猫の命を救うために、里親を募集している団体から里親の許可を得て、

(結構面接が厳しかった。)
本当に、ご縁があって我が家に来てくれた、ノラ出身の雑種・キジトラ君だ。(俺がつけた名前)

だから、繰り返しになるがもう一度言うと
いま、時代は、「リコ」と「ネコ」。

次の投稿では、ぼくはふざけたことを書かない。
いやいや、今回の投稿も1ミクロンすらふざけては書いていない。

大切なことを書いた。
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# by jantaguesthouse | 2010-05-13 22:34
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8年前のこと。

尊敬する歯科医師(医療者としても経営者としても)の先輩に言われたことがある。
褒められ、かつ叱咤を頂いたのだ。

「お前はな、知識も技術もあるねん。でも、決定的に足りひんことがあんねん。
それはな、バランス感覚やねん。」

.....。
それって、た、確かに決定的なことやな〜って思ったし、考えたことだったが、
結局今も、俺にはバランス感覚は無い。

で、ちょっと気になった論語の言葉があるので引用させて頂く。

葉公(しょうこう)孔子に語げて(つげて)曰く、吾が(わが)党に直きゅうなる者有り。
其の父羊をぬすみて、子之を証せり、と。
孔子曰く、吾が党の直(ちょく)なる者は、是に異なり。
父は子の為に隠し、子は父の為に隠す。
直は其の中に在り、と。

意味は、

葉殿と言う人が、孔子にこう言った。
「私の故郷には、それはもう真っ直ぐな人物がおりまして。
父親が羊を盗んだ時も、その子は父が盗んだに相違ありません。と証言したんです!」

孔子はこう言った。
「わたしの故郷の真っ直ぐなものは、それとちょっと違います。
(仮に盗みがあったとしても)父は子の悪事を隠し、子は父の悪事を隠します。
『直』(まっすぐ)の真の意味はそこにあります。」
と。

俺は、すべてに於いて公平であろうと心掛けている。
でも、本当の意味での公平など、ありはしない。

もちろん、実践は出来ていない。

葉殿の故郷にいるような正直者も、おれは素晴らしいと思っている。
しかし、孔子の言うような身内をかばう気持ちもよくわかるつもりだ。

要は、「バランス感覚」なんだと思う。

今日また、「公平でない」ことに関して院長にキレた。
それはもう、ブチギレした。スタッフもドンビキしていた。

で、帰りにコンビニによったら
"一個人"という雑誌の特集が
『論語の言葉』というもので
久しぶりに論語に戻った。

すると、むかし先輩に言われた言葉が
ふと、よみがえった。
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# by jantaguesthouse | 2010-04-28 21:03

先月、3月の27日に帰阪した。(一ヶ月前。)
帰阪というのは「大阪に帰る」という意味で、大阪人のみが用いることが出来る。
僕は京都生まれの京都育ちだが、7年ほど大阪で暮らしていたから
「帰阪する」という言葉を用いることが出来る。

帰阪したきっかけは、丸山剛郎・大阪大学名誉教授の70歳を祝う会に出席するためだった。

同月の初旬、お母ちゃんに不幸があったので、祝い事の席に行くか行くまいか非常に迷った。

が、お母ちゃんと丸山先生が同じ年齢であることや、偶然とは思えない何かを感じたので
行ってきた。

やはり、相も変わらず、キザでカッコいい丸山先生であった。
で、僕が丸山先生に対し必死に何かを語りかけていて
丸山先生が真剣に対応して下さっている写真を見て
よく考えてみた。

なんせ、歯科医師になって初めてその"志"をたるや持たせて頂いた張本人の先生だ。
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しかし、何を必死に語っていたのか
酔っぱらっていて、まったく記憶にない。
丸山先生、ごめんなさい。

70歳のパーティー、素晴らしかったです。

これからも、歯科医師1年目の頃のように
きびしく、かつボロカスに
ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。

翌日、"ネオの会"筆頭理事の後輩と打ち合わせをした。
なにげにオフィシャルTシャツを着てくれていた、池田市開業の0先生ありがとう。
そんなことが、なにげにとっても嬉しかって、

帰阪してとてもよかったと思った。

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# by jantaguesthouse | 2010-04-27 21:34

Take it easy.
言うまでもなく、Eaglesの名曲である。
Eaglesと言えば面白い話がある。

俺が18のとき、初めて一人旅にでた。アメリカへ。40日間。歯学部一年生だ。
まず最初にLAへ行った。なぜか?
かの、Hotel Californiaを実際に見てみたかったのである。

LAの空港のハーツでレンタカーを借りて、地図をみながらHotel Californiaを探してドライブした。
すべてが不安だった。

そしてとうとう発見したのである。Hotel Californiaを!
かんどう!!!と思いきや

なんとその時、Hotel Californiaは、「ただいま改装中」だったのだ。

どうだ?ウケるか?つかみはOKだ。

で、下のYouTubeを観てほしい。



どうでしたか?ツインネックの12弦ギターにシビれましたか?

でも、
Hotel Californiaが、いかに素晴らしい曲であるかは本論からずれる。
あとは、聴いて感じて下さい。

もし時間があれば、『ヘル・フリーゼズ・オーバー』という1994のアルバムを聴いてください。
Hotel Californiaのスパニッシュギターバージョンが聴けます。泣けます。

さてさて、
「シャンティー」と言う言葉がある。インドで覚えた。おそらくヒンズー語か?
日本語で言うと、「まあまあ、まあまあ」「とりあえず落ち着いて」「楽にして」
みたいな意味で使われていた。

イライラいている人や、焦っている人に
「シャンティー、シャンティー」みたいな。そんな感じで。

そんなイライラしてないで、まあまあ上等のマリファナのジョイントでも一服して。
そういう感じで使われていた。

そんなシャンティーのような言葉は、どうやら言語学的に調べても
一説有るようだ。どこの国にも必ずある。

それが英語なら
Take it easyというところか。

で、なんでそんなこと言い出したかというと
特にクレンチングやグラインディングが強い患者さんなんかに
力を抜いて下さい。安静空隙を保って下さい。態癖やめて下さい。
このシールをみたら、歯と歯を離して下さい。
と一日何回も言う。

色んな言い方で、色んな方法で理解してもらう。
こちとら必死なわけですよ。治ってほしいから。

で、ふと気がついてみると、自分が一番チカラ入ってたし!ということ。

だから、まず自分にも、そして周りのスッタフ、患者さんにも思いやりをもって言おう!

"Take it easy"と。

今日から、金子一芳先生のゼミが始まる。緊張するし、でも楽しみだし。
う〜ん、
"Take it easy"

で、会場である春日のヘラウス・クルツァー研修室に行ってきました。
明け方に起きて、パワーポイントの資料を整理して。

すると、ゼミは今日ではなく
明日からでした。う〜ん、
"Take it easy"
あーんど、"シャンティー"


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# by jantaguesthouse | 2010-03-20 12:24
先週、母親がこの世を去った。
このブログは”ネオの会公式ブログ”だから、あまりプライベートなことをかくところではない。

さて、
【一以貫之】 一(いち)を以って(もって)之(これ)を貫く(つらぬく)

という言葉がある。
論語に出てくるこの言葉の解釈は、↓
一生涯をささげられるような一つの仕事に巡り会うことは、幸せなことである。
という、解釈がなされることが多い。

歯科医師という仕事に就くことが出来てああ幸せだ。コレを貫こう!
僕もそう解釈していた。

しかし、もう少し出典をよく読んでみた。以下。

あるとき孔子が、弟子の曾参に向かって

「私は今までのながい人生を通し、
生き方においての根本は、終始一貫して変わるものではなかった。」
原文→『我道一以貫之哉』

と言われた。

それを聞いて曾子は「唯」(い)と応えただけであった。
注)「唯」=目上の人に対する丁寧な肯定

孔子はこの「唯」の言葉を聞いて黙って講義の席を出られた。

同席の他の門人たちは二人の問答の意味を理解できず、

『師が、吾が道、一を以って之を貫く』と言われ、
あなたが『唯(い)』と応えられたが、
それはどういうことなのですか?」と問うた。

曾子はこれに答えて、
「師は、吾が道、一を以って之を貫くといわれた。
その『道』とは、
思いやりと慈しみの心である忠恕(真心)なのだ」。

働くという事は素晴らしいと思う。
そして働く以上、その道に長ける。それを目指したいと思う。

しかし、
孔子が長い年月をかけて出した
人間としての最も大切な『道』とは、
人に対する「思いやり」だと
孔子はそう言っているのだ。

小学校中退という学歴で
ろくに文字も読めなかったはずの母が
最後に残したノートに
書き留めた言葉は、

『一を以って之を貫く』
であった。
どこでこの言葉を知ったのか、不思議だ。

とりあえずいまの俺は、ただただ感謝することしか出来ない。

おかあさん、ありがとう。
これからも、どうか、よろしく。
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# by jantaguesthouse | 2010-03-11 11:15
むかし読んだ話を思い出したので投稿します。

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古代中国を代表する、扁鵲(へんじゃく)という名医がいた。

扁鵲が魏王に会った際、魏王から「あなた方は兄弟三人とも医術が優れていると聞くが、兄弟三人の中で、誰の医術が最も優れているのか」と聞かれた。

すると、扁鵲はまじめに、「長兄の医術は最も優れております。次兄はその次で、私の医術は最もレベルが低いのです。」と答えた。

魏王はその答えに驚き、聞いた。「なのにどうしてあなたの名だけが天下にとどろいているのか?」

扁鵲の答えはこうだった。

『長兄は診療する時、いつも病気の発生を未然に防ぐことが出来ます。病気がまだ徴候を現さないうちから、持病を治します。長兄はいつも前もって病気を取り除いているのですが、患者は病気になっていないように見えますし、みんなもその患者が病気になっていることさえ知りません。だからみんなは長兄の名を知らないのです。

次兄は病気を診察する時、病気の兆しが見え始めた際に、少量の薬でその病気をすぐに治します。みんなは次兄が治せるのは軽い病気だと思います。実は、この病気が進んでいけば、命を奪う重い病気になることを知りません。

私の医術は最も低いレベルのものです。
なぜならば、私は人が危篤の際にしか病気を治せないからです。よく死にかかった人を生き返らせたりするので、私の評判は天下にあまねく伝わっているのです。

医者としては、病気を未然に防ぐことが最高の技術ですが、有名にはなりません。

病気の兆しが見え始めているうちに治すのも、優れているといえますが、軽い病気しか治せないと思われ、その名は郷里に伝わる程度なのです。

患者が瀕死になって、やっとのことで命を救ったものの、後遺症を残し普通の日常生活が出来なくなってしまったのに、私の名は天下にとどろいているのです。』
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# by jantaguesthouse | 2010-03-03 18:11
あけましておめでとう。以来、放置していましたこのブログ。
最近は、つぶやくことにしているので是非

http://twitter.com/jantaguesthouse

に飛んでください。
フォローするかどうかは、もうおまかせします。

長文のコメントは、このブログでモノ申し上げます。

もう春ですよ。
写真は表参道で撮ったチューリップです。
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# by jantaguesthouse | 2010-02-28 16:34
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司馬遼太郎という作家がいた。(1923年ー1996年)日本を代表する歴史作家だ。

歴史を俯瞰して一つの物語と見る「司馬史観」と呼ばれる独自の歴史観でよく知られている。

実は野村監督(ノムさん)が南海時代に同じアパートに住んでいた。とか
今の大阪外語大の1年先輩に、陳舜臣がいた。とか何となく不思議なことが多い人。

今年はNHKの大河で、坂本龍馬をやるのか。司馬遼の「龍馬がゆく」がまた売れるんじゃないか?
NHKは「坂の上の雲」にもチカラを入れているようだな。これも司馬遼だ。

という俺も司馬遼太郎の大ファンの一人である。もちろん全作品の読破なんて出来ないが、高校生の時に読み始めてから、継続して楽しませて頂いている作家さんだ。

数ある司馬遼太郎作品の中で、俺がもっとも胸にキュンと来たのは「花神」であるとハッキリ言える。一番好き。

花神という作品の主人公は、歴史教科書に載ることがなぜか少ない大村益次郎である。(長州出身)
日本陸軍の基礎をつくった人だ。
明治維新に必要であった情熱家は当時たくさんいて、華々しい活躍をしている。が、実際に維新が成ったのは大村益次郎という堅実な実務家の存在がかなり大きいと思う。

この人は、このブログの入り口左に載せてある「緒方洪庵」先生主宰の適塾出身で、大阪大学附属病院出身のおれにとっては、大先輩といえる。ムリヤリにご縁があると考える。
大村は、田舎の村医でありながら世の中をきれいに掻爬してみせた。

大村は遺言にて、四斤砲(大砲)をたくさんつくっておけ。と、いかにも実務的なことを述べてそのまま死去した。
それは8年後、九州から起こる西南戦争のようなパニックに大いに役立つことになる。

歴史教科書にはのってなくても、靖国の大鳥居をくぐれば大村先生が高いところにいらっしゃる。
下の写真は、本殿から東京理科大を向いて観たところだ。今年の元旦は、突き抜けるほどの青空であった。空がきれいだろ?
真中あたりにちっちゃく大村先生がみえるかな?

今年は何かにつけ、変革の年であるとかパラダイムシフトの年だとか言われる。
以下私見。
「平成22年」パラダイムシフトの年ではなく、パラダイムクライシスが起こるだろう。

難しいことが言いたいのでは決して無い。
ただ2010年元旦に、いつもは見慣れた大村益次郎を改めて見上げると

→バースアイ(大きな俯瞰の視点)と虫の眼(ミクロ的な視点)、そしてその両方に加えて”魚の眼”(継続的な変化を捉える視点)それらを的確に感じること。

クライシスに対しては、「花神」ほどではないが冷静にいつづける必要がありそうだ。
そんなことを思う新年であった。

ネオの会の諸君。今年もお世話をしたりお世話になったりすることが多くなると思う。
いずれにしてもみんな、今年もよろしくお願いいたします。

今年1年、会員のみなさまの、ご健勝を心よりお祈りいたします。
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# by jantaguesthouse | 2010-01-06 00:06
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さあ、世の中も年末っぽくなってきましたね。

年末恒例??「今年の1本!」
それは本日、劇場で見て参りました「THIS IS IT」 これで決まったね。

我々の世代、小学生でスリラーを観てマイケル・ジャクソンが普通に存在していることが日常になっていて、サルをつれて来日したとか、プライベートは実は変態だとかそんな言われようもあったと思う。

しかし、「THIS IS IT」を観て思った。
MJと同じ時代を過ごしたこと、それ自体が奇跡であったと。

一生懸命、頑張って出来ることと出来ないことがある。
マイケルのエンターテインメイトは、頑張っても誰にも真似が出来ない。

さて、歯科のことも言う。
かつて、決して真似の出来ないプレゼンをする人がいた。
MTと呼ばれている。
その人の取り巻きは、その人の考えを理解しようとし呼吸を合わせようとした。
でも、その人はもういない。

僕は来年、恥ずかしくも諸先輩方の前でプレゼンテーションすることになっている。

俺は神に選ばれた人間ではないけれども、神を信じることによって
それを生きる糧とし、歯科医師として懸命に生きたいと思っている。

大失敗のプレゼンになっても、自分を赦せるくらい一生懸命にやろう。

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# by jantaguesthouse | 2009-12-29 07:56
1994年、12月4日。
そのとき俺は大学5年生の冬で、口をカラカラにさせ食い入るようにテレビを観ていた。
あの時代を代表する日本人プロボクサー、薬師寺保栄vs辰吉丈一郎のビッグマッチがあったのだ。
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ご存じの方もおられるだろうが、俺もアマチュアながらボクシングをしている時期だったし何より辰吉丈一郎の大ファンだったのだ。まるで少年マンガのキャラクターのようであった。辰吉ガンバレ!

辰吉丈一郎は、幼少のころからボクシングを父に仕込まれた。中学時代の担任教諭の勧めで、中学卒業と同時に片道の電車代だけを持って大阪に渡り、大阪帝拳ジムに入門した。同世代の人間とは思えないだろ?

で、試合は判定で薬師寺が勝った。
ボクシングスタイルも発言も顔も嫌いだった薬師寺だったが、試合後は二人ともカッコいいと思った。

辰吉は、ガードが甘いと酷評されながらも天才的なラッシュとカウンターで1ラウンドから最終ラウンドまで、逃げることなく戦った。

一方の薬師寺も、好きでは無かったがアウトボクシングに徹し、ショートを確実にヒットさせる自分のスタイルを変えなかった。

ボクシングのスタイルは、その本人の「美意識」だろうと思う。男として、単純にかっこええと思えるスタイルでやってゆきたい、かっこ悪い事はしたくないのだ。
良く言えば「美意識」だが、言い方を変えると「不器用だからそのスタイルでしかやれない。」ともいえる。
しかし、その自分のスタイルを信じて貫き通す二人のストイックさに感動したのだ。
「自分はこれでいくで。」ということ。

きょう、内藤大助と亀田興毅の世界戦があった。94年の試合と比べると、メディアも演出も格段に進化している。
でも、やることは同じだ。リングで殴り合うだけ。
そして94年と同じような感動を覚えた。10ラウンド以降は泣いた。

試合としてみると、そのまま判定で亀田だろうと思っていたし実際そうなったのだが、勝敗なんてどうでもよくなってくる瞬間がある。二人とも、自分のスタイルを貫いた。自分の「かっこええ」にシンパシーを感じてくれるファンの為に戦い抜いた。

まったく話が変わる。
きょう、咬合療法研究会東京支部の研修会で朝から上野にいた。
楽しみにしていた研修会だったし師匠もお出ましだから、少しコアな部分を理解し始めていた自分を再確認できるような気がしていたのだ。

研修会の内容はともかくとして、感想は”打ちのめされた”感じだった。
日頃自分では努力をしているつもりであっても、それが頭の中できちんと整理されていないし
諸先輩方の前でプレゼンを出来る状態では全くなかったのだ。

歯科医師という職業に対し、「お前は命張ってるな」とむかし先輩に言われたことがある。
のめり込んで、突き詰めるタイプだからそう言われたんだろう。

しかし最近、毎日の仕事はそこそこ忙しいし、それなりに疲れるし、もっと女の子と遊びたいし、やること一杯なのにでも時間ないし。合気道もギャモンも出来てないし。
そこへ持っての本日の研修会で、歯科に対する努力度がゼンゼン足りていないことを実感。

身体的にちょっとお疲れ気味だった自分に、新たな課題がきりがないほど山盛り見つかって、本当にへこんだ。このまま自分のスタイルを貫くことに不安も覚える。

で、でも今日のボクシングの試合観れてよかった。
好きも嫌いもあるだろうが、自分の道を行くしかない。弱い俺みたいな人間は、妥協するとまずい。
亀田スタイル、内藤スタイル、があるように自分もやるしかない。し、少々のバランスを欠くことにも覚悟を決めたい。

亀田興毅、内藤大助、両者ほんとうにありがとうと言いたい。

今日は俺の38回目の誕生日だった。美女とあま〜い一日は過ごせなかったし、相変わらず文献とスライドの山に埋もれて終わる誕生日になったけど、
本当にいい日だった。

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# by jantaguesthouse | 2009-11-29 22:43
サンマーク出版という出版社から出ている、『ゆるすということ』という本を以前に読んだことがある。[考え方ひとつで幸せになろう本] の一つです。それによると、

「許す」と「赦す」とはちょっと違うようだ。
「ゆるすこと」とは、単に謝罪を受け入れるという程度のことではない。

自分は完璧な存在ではない。ということを"完璧に"知るのは困難である。
それを知る。受け入れる。と、本当の癒しが得られる。らしい。

久高島のはなし。(所々、Wikipediaから引用)
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伝説によると久高島は、琉球の創世神・アマミキヨが天からこの島に降りてきて国づくりを始めたという、琉球神話聖地の島とされる。上の写真はその神そのものである、朝日です。

『琉球王朝時代に沖縄本島最高の聖地とされた斎場御嶽(せいふぁうたき)は、この久高島に巡礼する国王が立ち寄った御嶽であり、久高島からの霊力(セジ)を最も集める場所と考えられていた。』

島から、霊力が漂っているというのか!?ホンマか?ただの伝説か?(-_-;)

『島内には御嶽(うたき)、拝み所(うがんしょ)、殿(とぅん)、井(かー)などの聖地が散在しており、中でも島中央部にあるフボー御嶽は久高島第一の聖域であり、男子禁制である。』
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実際に近くに行ってみると、立ち入り禁止と書いていなくても「入ってはいけない。」という雰囲気がプンプンしている。俺に霊的な力があるとかないとか、そんな感じではなく本能でそう感じる。
男子禁制と聞いていたが、それどころか、”なんぴと”たりとも入ってはいけないようだ。
( -_-)
久高島は海の彼方の異界ニライカナイにつながる聖地であり、穀物がニライカナイからもたらされたといわれている。『琉球国由来記』(1713年)によると、島の東海岸にある伊敷(イシキ)浜に流れ着いた壷の中に五穀の種子が入っていたと記載されており、五穀発祥の地とされる。
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実際に行ってみると、こんなかわいい手作りの看板があった。てゆうか、この小さな看板以外めじるしは一切無い。

島内は観光開発がほとんどされず集落は昔ながらの静かな雰囲気を残している。聖地をまわるにもほとんど標識がないため、詳細な地図をあたるか、地元の人に聞かないと探すのは難しい。

確かにそうだった〜。

5月の連休、生まれて初めて久高島に降り立った時、その瞬間からスピリチュアルな出来事が起きると思っていた。(期待していた。)そして眼に入ったのが下写真の看板。
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ものすごく変なヘビの絵が描いてあって、「おねがい」とある。
いったいなんの看板じゃ?とよく見ると、「ママ わたしのあかちゃんをみつけたら...おねがい、優先」と書いてある。
ママに対して、わたしのあかちゃんを....おねがい?
怖い。看板一つでじゅうぶんスピリチュアルだろ?
で、下の矢印はどういう意味やねん!どこへ向かえというのだ!テンションあがるわ〜。

どうですか?こんな離島に行ってみたいと思いますか?ホテルもパラソルさえないぞ。
そんなところにリピーターとして滞在する。なぜか?

それは誰でもない、自分をゆるしにいくのだ。
明後日、むっちゃホリデー!!!

乞うご期待(^-^)
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# by jantaguesthouse | 2009-09-16 21:37
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筒井歯科で働いている時、本当によくお説教を頂いた。
頂いたのは、ほぼすべて照子先生から。(^^)

新卒の衛生士さんたちが、俺のあまりの怒られっぷりに見惚れて(?)いると
院長(昌秀先生)が「人が怒られとるところ、ジロジロみとるんじゃない!」とおっしゃっていた。

JACDで院長が発表される時、俺がスライド係で何かミスってテンパッていると
「あれが自分の医院をたたんでウチにきとる◯◯です。」とおっしゃっていた。
こちとら、耳まで真っ赤だ。

院長が、口腔内写真の撮影にあたるときの緊張感は、並ではなかった。
エアーをかけてピッカピカにひかる、メンテナンスされた歯肉はきれいだった。
患者さんが知覚過敏でも、容赦なくエアーをかけておられた。
顎関節症で開口障害があっても、不思議と患者さんは口があいた。
アシスタントするミラーの角度が悪いと、院長はサッサとどこかへ行ってしまう。「チェンジ。」ということだ。
俺のハートがクローズドロックだった。

院長の前では、ちょっとでも自分をよく見せたい。
この若造デキル。なんぞ一度でいいから思わせてみたい。
そう考えていた。

緊張ばっかりせずに、落ち着いて、自分のことではなくて、患者さんのことを
もっと考えることが出来たなら、よかった。

本当に自分に厳しい人と接していると、呼吸まで苦しくなった。
やはりこの域まで行くには、ここまで己に厳しくならんといかんのか!と、気が遠くなった。

今回のメモリアルでは、大阪の六人部慶彦先生をはじめ「師匠」と呼ばせて頂ける先生3人に会った。

その一人である故筒井昌秀先生が、一番多くの事を教えられたのは
患者さんからだったという。

写真は、今回の九州行きで食べたラーメンです。

ご存じ「一蘭」と、長浜ラーメン屋台「ナンバーワン」の博多ラーメン。
色んな事を想いながら食べたから、美味しかったかどうかよく覚えていないな。

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# by jantaguesthouse | 2009-09-09 23:29
本日、久々にクリニックを訪ねて下さった望月さん。彼のブログは↓
http://blog.goo.ne.jp/mochy3_8

いつ見ても彼は素敵なオーラを持っている。
物事を突き詰めて真剣にやる。そんな純粋なことをやってみて、そしてとことんやってみる。
本当に素敵だ。

たまーにしか顔を出さない僕を相手にしても、嫌な顔をせず嬉々として全力で戦ってくれる。
望月さんと向かい合うと、バックギャモンを覚えはじめの頃、面白くて仕方がなくて、人に会うたびギャモンをやっていたそんな頃を思い出す。

モンテカルロで行われる、世界選手権で望月さんはチャンピオンになった。
ギャモンの歴史に1ページを刻まれたのです。
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望月さんブログ談です。以下。

昔話になりますが、ギャモンのプロを志したころ、とある人に「世界チャンピォンになりたいと思います」と言ったことがあります。

そしたらその方に「人間の最高を目指すような、そんな志の低いことならやめたほうがいい。ゲームの真理を最後まで追究する気があるならやってもいい」と言われました。

その金言があったので決勝戦の前日もそれほど興奮することはありませんでした。プロとして芸を磨く非常にいい機会を与えられたと思い、自分のゲームをしようと考えていました。

どうだ?カッコいいだろ?
7年前、日本一の歯科医になりたいんです。だから日本一の歯科医の元で働きたいんです。
と言って九州のとある歯科医院に飛び込んだ馬鹿な若者がいた。
その若者はじゃっかんの年齢を重ね、明日、師匠の3回忌メモリアルに参加するため九州に飛ぶ。
そして「志」を問い直し、何をしたいか?ではなく、いま何をやるべきか?考えるだろう。

きょう、モッチーが来てくれたことは決して偶然ではない。

最後に望月さんのインタビュー動画を貼り付けます。
来週、九州のレポートをします。

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# by jantaguesthouse | 2009-09-04 20:31
色々な事をまとめてご報告、さらには検証をさせて頂こうと思っていたら、ずいぶんと更新が遅くなってしまいました。申し訳ございません。

まずはここ2カ月前のこと。
7月の4日から去年に引き続き「臨床歯科を語る会」に参加させて頂きました。(正確には前夜祭から)
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今年で第29回の歴史ある会です。
またしても著名な先生方から多くのご示唆を頂きました。ありがとうございます。

何かのご縁で、「火曜会かわら版昭和53年〜」というものがいま手元にあります。それに第1回"臨床歯科を語る会"の抄録を見ることが出来ました。昭和56年のことです。
いまやそうそうたる大御所の先生方が名を連ねていらっしゃいます。

第1回のテーマを見ると「歯根破折について」をはじめとして、今なおコントロールが困難な問題が並んでいました。それに対して、継続力が持つ先輩方の圧倒的な説得力には反論のしようがない。

我々はただ、今できることを一つ一つの事柄に於いて"丁寧"に観察し、診断し、介入する。
このことの大切さは、日々自分に言い聞かせ精進してゆきたいと思います。

8月の1日からは、"わが?"スタディーグループと言って良いのか、筒井塾咬合療法研究会総会が開催され、微力ながらお手伝いをさせて頂きました。
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照子先生はいつも(ご謙遜で)私の咬合理論は少しユニークで...と前置きされた後スピーチされます。しかし、よく聴くと決してユニークな理論ではなく人間の持つ治癒力を引き出そうとする、もしかすると一番当たり前であるべき事であると思います。
そしてかつ、徐々にではありますが世の中に浸透してきたと思います。

両スタディーグループとも、僕よりもずいぶん若手にあたる歯科医師の先生方がまことにご立派なプレゼンをされていました。じゃっかんアセリも感じながらも、モチベーションアップ!
夏バテ気味だった僕も、武者震い。

それがきっかけになり、しばらくダテメガネだけで行っていた診療をルーペ診療に戻しました。
ライト付きのルーペはやはり眼が楽です。(^o^)
各社から販売されていますが、今回購入したメーカーのものはうなるほどイイですゾウ。
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今週は、筒井昌秀先生のメモリアル講演会が福岡であります。もう、3回忌なんですよね。
もう締め切りかもしれませんが、お時間の都合がつくネオの会同志がいらっしゃいましたら是非、中州でラーメン食べましょう!
http://www.jacd.net/0909memorial.pdf

さて、今回より実際の症例について検討してゆきたいと思います。それは、若い先生方のプレゼンが立派だったので、悔しーから。(-.-#)
今回は口腔内5枚法の口腔内写真、パントモ、デンタル10枚法を出します。

既往など、順次更新します。
歯科医師以外のかたも読者に多いようですが、ネオの会会員の皆様には忌憚のないご発言を期待しております。問題点をどしどしコメント下さい。
歯科医師以外の方も、写真を見てどう感じたかコメント下さると嬉しい限りです。

ではまた近いうちに。

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# by jantaguesthouse | 2009-09-01 22:53
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歯科分野に於いて、顎関節症Ⅴ型または頭蓋顎顔面機能障害(TMD)と名付けられる症候群がある。

“顎関節ドットコム” http://www.gakukansetsu.com/ 主宰者が代表を務められる「歯とからだの患者会」。

そのTMD患者会が主催された「患者主役の専門家意見交換の集い」というものが本日渋谷で催され、参加させて頂いた。

ネット上で公表されているので問題ないと判断し、本日のパネリストを紹介したい。

日本顎関節学会理事 木野孔司先生
筒井歯科医院 筒井照子先生
細野クリニック 細野周作先生
井出デンタルクリニック 井出徹先生
村山歯科 村山豊先生

以上の先生方は、直接TMD患者との意見交換に応じられた。

個別対応が絶対的に必要な疾患に、シンポで解決できる問題は限りがあるだろうが、まったく逃げ隠れされない先生方の姿勢も、患者さんの方々の治りたいという姿勢も素晴らしいと思った。

今日の会は、一人でも多くの患者さんを救うための大きなムーブメントへの一石となることだろう。つまり、現在の保険医療や医療システムでは限界があると言う事の浮き彫りでもあった。

今回の稿はこれくらいで、私見をあまりはさまないでおきたい。

会場であった渋谷シダックスホール1階カフェの店名が、なんとTMDだった。
(本当。)

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# by jantaguesthouse | 2009-05-24 20:31
学会や、スタディーグループの総会がそろそろ旬だ。
7月の頭には、「臨床歯科を語る会」が行われる。
http://www.katarukai.com/

去年は、筒井昌秀先生メモリアル講演会の翌週に行われた。
色々な想いが交錯した覚えがある。(『サブイボと鳥肌』の稿を参考)
http://janta.exblog.jp/8267761/

今年も「所属スタディーグループなし、無所属」での参加になりそうだ。すみません。

去年も書いたことだが、
「歯科臨床に対しここまで熱い先輩方が本当にたくさんいらっしゃるんだ!」
「なんて自分はヒヨコちゃんなんだ!」
と、肌で感じることが出来る。

そして、その先輩方と目と合わせて真剣に話が出来る。

8月には第7回になる筒井塾咬合療法研究会の総会がある。
これには、ご縁あってお手伝いをさせて頂くことになりそうだ。
http://www.22i.gr.jp/

9月には昌秀先生メモリアル講演会。今年はJACDが主催されるかたちになるそうです。僕にとっては、久々の九州上陸。

6年前、平成15年4月30日
包括歯科臨床の出版記念に作製された小冊子、『ふたりの臨床のあゆみ』の背表紙に、照子先生からご一筆を頂いた。


「今、自分に何が出来るか
    ただ、コツコツと
         努力すること」

孤軍奮闘、滅私奉公。
僕は努力をそんな風に勝手に解釈していた。少なくとも6年前は。

今思うと少し違うのかな?

ただ、コツコツと
努力させて頂ける環境を与えて下さるすべての方、いつも支えて下さる患者さん、
スタッフのみんな
本当にありがとう。

この学会シーズンが有意義なものになるよう、一生懸命楽しんでやってゆきたい。
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# by jantaguesthouse | 2009-05-22 01:08
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一度は行ってみたい。そんな憧れの地があります。

かつて、北インドのバシスト村がそうであったし、アムステルダムがそうでした。
タイミングよく(?)行くことが出来たのですが、どちらも来るべき場所に来るべき時に呼ばれて来た。
そんな感慨を持ったものです。

そして本日、国内なのになぜかなかなか来ることが出来なかった夢の離島、
沖縄県久高島に降り立ちました。

琉球王朝において、最も神聖な場所とされています。
日本文化の発祥とも。
さてこれからの5日間、どんな展開が?

次回の投稿はその土産話と写真集、そして臨床へのフィードバックについて行ってみるつもりです。
よろしく!

あ、ブログのスキンは初期のボブ・マーリーに戻しました。

な〜ンにも無い。。。という事で有名な久高なのに、ボブのメッセージがビンビンバイブレーションしてました。
これで行きます!
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# by jantaguesthouse | 2009-05-03 15:49
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鳥が空を飛んでいるとき、鳥から見える景色をイメージングしたものを俯瞰図、または鳥瞰図と言います。
Bird eye's view。
上の図は、物議をかもし出している東京オリンピック予定の俯瞰図です。

「もっと、俯瞰でモノを見ろ!」なんてお叱りをうけることがあります。

その対極としては、犬の視線。
目の前に大好物のホネがあったら、周りゼンゼン見えてないし。
と言う事になります。
歯科臨床では、マイクロも必要でしょう。
Dog eye’s view。

昨日参加して来ました、筒井塾のティーアライナー講習会。
照子先生ご講演のサブタイトルは、
“ミクロからマクロへ、マクロからミクロへ”と言うものでした。

アライナーを用いた歯牙移動は、今後の歯科臨床に於いて必要不可欠なものだと思います。

臨床上のテクニックも色々あるでしょう。

歯牙単位の微妙な移動量と、全身における正しい下顎位。
そのオーダーは違うでしょうが、そのどちらも大切。

日常生活に於いても、ついつい犬の眼オンリーになってしまいがちなわたくし。
そんなことを今一度考える機会を頂いた、本当に貴重な勉強会でした。

関係各位の方々、感謝いたします。
ワオーン!
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# by jantaguesthouse | 2009-04-30 21:33